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三日月宗近はその夜空の瞳で真っ直ぐに主を射抜いた。
「主よ。止めて欲しいのならば、試みるが」
「三日月殿。私は進むための力を見極めている」
「そうか。残念だが、俺は協力しかねる」
理由も述べず、三日月宗近は穏やかな微笑で目を伏せた。
「…世話になったな、三日月殿」
主の声にも残念さが滲む。三日月宗近は目を上げて、にこっと微笑んだ。
「いやいや、なんの。こちらこそ。同志にはなれぬが、これまで俺の主であったことは確かだ。よく率いてきてくれた。感謝する。…すまないな、俺では、終わらせてやることが適わない」
顕現するのが非常に遅かった三日月宗近は、他の刀剣男士と比べれば練度が低かった。それに、専ら、本丸の雰囲気を良くしたり、”若者”をからかって相談を受けたり、茶をすすったりしていたのだ。どうあがいてもこの状況では、試みることはできても、達成することは出来ない。
「主よ。以前、少し話したな。時の神なるものについて」
「そうだな」
「時間遡行、歴史改変…それが人智を超えた存在の逆鱗に触れる気がして空恐ろしいのだと言っていたな」
「うん」
「では、じじいからの餞別の言葉だ…どうか時の神を恐れるあまり、人ならざるものに身を落とさぬことを」
自嘲気味な笑みが、主の唇を微かに動かした。
「私の中には既に、鬼がいたのだよ。愛しいものを永遠に刻み付ける代わりに、失わせる鬼が」
「ああ、その鬼と生きねばならぬ其方が、考え抜いて選んだ道が、これなのだろう? 山姥切国広や俺たちが鬼を斬れなかった時のことも考慮して、用意しておいたのではないか?」
主は何も言わず、瞬きもしなかった。
三日月宗近の視線も声も、揺れることはない。いつものように、ゆったりと。ひとつひとつの言の葉を、心に置いていく。
「その鬼の姿形を知る、客観視できる其方は、鬼になりきっていない。鏡もないのに自らの姿を見ることなど出来まい?
主よ。俺が言う、人ならざるものとは、その鬼のことではない。
志を失わぬよう。焦らぬよう。言葉を失わぬよう。耳を傾けることを忘れぬよう。
時の神の逆鱗に触れぬためにと、人も付喪神も、心も、殺してしまわぬよう。鬼の姿形を捉え続けられるよう。自らが”逆鱗”の体現者とならぬよう。
いつか、斬られる時まで、其方が人であることを信じている」
三日月宗近が桜の花弁に包まれる。その中ですっと目を閉じた。
「…私は鬼だよ、三日月殿」
中庭に突き立った50振と、折れた1振、その傍らに転がった1振。主は、静まり返ったその中庭をじっと眺めていた。
この時まだ、契約は続いていた。三日月宗近の言葉の後には、ほとんどの声は静まっていたが、まだ少々、声無き声が騒がしかった。
*
「この度はご利用ありがとうございます。時忘れ屋でございます。時忘れ、管狐の神隠しと、予めご依頼の内容は頂いておりましたが、その際に提示させて頂いた代金は、ご準備して頂けましたでしょうか?」
結った碧色の髪。覗く瞳は朱色。刀のように携えるは、打刀の位置に巨大な扇、脇差の位置に中くらいの扇。懐には小さな扇。
数分と待たす、どこからともなく現れたこの派手な人間に、主は、刀剣たちを示した。
しばらくそれをじっと眺めていた時忘れ屋は、ふむ、と頷く。
「薙刀1、槍3、大太刀3、太刀15、打刀10、脇差5、短刀14。岩融、蛍丸、日本号、三日月、小狐、大典太、ソハヤ、数珠丸、明石、髭切、鶯、大包平、江雪、一期、村正、長曽祢、不動、物吉、浦島、太鼓鐘、包丁、信濃、博多…鶴丸は折れてしまいましたか…」
少し残念そうにした時忘れ屋。主は表情を変えないまま話しかける。
「相談がある」
「相談だけでしたら無料ですよ」
時忘れ屋はにこりと営業スマイル。主は笑わない。
「これを、消えないまま、私が常に身につけておける物にしたい」
「そのような職人の近所へご案内いたしましょうか」
箱の中を見るまでもなく、食い気味に時忘れ屋が応じる。主が怪訝そうにすると、時忘れ屋はやはり、営業スマイル。
「中身は刀剣ですね? 刀解すると玉鋼などが残るのと同じ原理、かどうかは存じませんが、刀剣を加工すると、消えずに残るのですよ。特別なにかしなくても、加工するだけで残るのです。
やる人がいませんから、ほとんど知られていませんが。そういうことを裏でやっている職人は、いますよ。主に、大事な初期刀を折ってしまった審神者相手に商売するそうです」
「なるほど、それは儲かるだろうな」
無感情に、皮肉とも取れる相槌を打つ。
「私とも提携しておりますから、その職人の近所でしたら格安で、つまり事前に提示しましたこの代金のままで、移動サービスをお付けいたしますよ。初回ですし、これくらいお得にしておきましょう」
それから、移動に伴う不吉な注意――なお移動に伴う怪我や死亡などの際責任は負いません、など――を聞いて、時忘れ屋の術により、審神者を辞めた主と、加州清光、太郎太刀は、数年の思い出を置き去りにし、本丸を去った。
時忘れ屋は、打刀の位置に差していた巨大な扇を用いて移動の術を使った。夢色とも言おうか、淡い色合いが周囲を包み込み、次にそれを墨色の筋が切り裂いた時、一人と二振は、全く知らない屋内に立っていた。事前に、言われて準備してあった服などの最低限の荷物の塊が、ぽん、と無造作に放ってある。
「主、ここは…」
加州が少し不安そうにする。主は部屋を見回して、それから思いついたように言った。
「私はもう審神者ではない。貴方たちは、私の所持する刀というよりも、私の同志である。主というのは少し違和感があるように思う」
「でも、俺たちを顕現させてる、俺たちの主であることに変わりはないよ」
「…しかし元審神者であることは、あまり察せられたくないな…少なくともまだ、政府とは関わりたくない。探索の術には詳しくないが、素性を知られるのは、良いことではないだろう…。刀剣男士である貴方たちがいるから、審神者に関連するとは思われてしまうだろうが…人前では、名前で呼んでもらったほうがいいな」
名前か、と加州清光は難しい顔をした。突然呼び方を直すのは、なかなか難しい。
そこへさらに難解な質問が飛んできた。
「加州…太郎太刀…私の、名前…覚えているか?」
「え?」
二振が何か言う前に、ああ、と主は一人納得する。
「そういうことか。こういう弊害があるのか。…そうか。私の霊力が無駄に強くて良かった。…いや、だから時忘れ屋が応じたのだろう…。恐らく、重要なことは覚えているのだが」
主は、大してショックを受けていないようだった。
「私は、自分の名前を忘れてしまったようだ。どうやら時忘れの術、重視していないことは、忘れてしまうのだな」
痕跡を消すために、恐らくその場所を対象とした術を用い、ゆえにその場所に関わった人全てに術の影響が出るのだろう、などと解釈を話す主の声。加州清光は何やら悲しくて、あまり聞いていなかった。
「忘れてはいけないことは、重要だと認識していなければ、危険ですね」
太郎太刀はどこまでも冷静だ。そうだなと、主も頷く。
「ともかく、まずは、この近くにいるという職人を訪ねよう。それから、私の新たな呼び名を考えようか」
私たちは、新たに、何者かとして、世界に顕れる――不意に加州清光は、その言葉を思い出した。
主が全く悲観していないようだとようやく気がついて、加州清光もなんとか微笑んだ。
「そーね。手分けして職人探す?」
*
「辛いというのが、私にはよく分からないが、辛くはなかったのだと思う」
再びうとうとしていた加州清光の耳に、ひそやかな声が届いた。
「ただ、皆が愛おしかったよ」
微笑んだ声。
左手の鋼色の指輪を、右の指でなぞる。
「私を斬ろうとしてくれた者も、私を生かそうとしてくれた者も。最期の音も、表情も、声も、涙も、痛みも、声なき声も、全てが、愛おしくて…最も、皆のことを感じ、この心身が愛おしさで溢れた時だった…」
だから私は、と。
「それら全てを胸に抱いて進む」
うん、と加州清光は、夢現のまま返事をした。
「…ちゃんと俺を連れてってよ、主…」
――どうか、さいごの時まで。
愛おしさ溢れる笑みで、音集め屋は応じる。
「連れて行くよ。加州。どんな形であろうとも」
――時間遡行についての考えを広め、そしていつか、私が、“正義”に斬られる時まで。
(おわりです)
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