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つづきです。

◆音集め屋5(未完成ver.)(3)
※このページに未完成部分が含まれます。空白のカギカッコ「 」には、台詞が入る予定です。

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 山姥切国広は、打刀をすらりと抜いて構えた。逃げも隠れもしない、姿勢も変えない主に向く鋒が、やがてかすかに震える。
 国広、とあやすような声で主は言う。
「情けない。それでも私の正義の心か」
「あんただったんだ! 俺の正義は…あんただったんだ…!」
 あんただったのに、と、かすれた声で、俯く。そして、あんただったから、と、今度こそしっかり前を向いた。
「あんたを斬る。それが俺の、あんたの刀である俺の、出来ることで、すべきことだ。そうだろう、主」
 心の底から主は微笑んだ。
「ならば私の道はここで終わりか。国広、最期まで世話になる。すまないな、ありがとう」
 山姥切国広は刀を握り直して、そして――踏み出すその直前だった。

 ずっ、と、山姥切国広の胸元から刀の先が、血濡れたそれが、飛び出した。青い瞳が揺れる。

主はそれを呆然と見ている。
 刀が引き抜かれて、山姥切国広は崩れ落ちてゆく。それを目で追いながら、いつの間にか傍に寄って、主は膝を着いた。
「ごめん、主。聞こえちゃって」
 今にも泣き出しそうな顔をして、震える声で、山姥切国広を背中から刺した刀を握った加州清光が、謝った。
「俺…それでも…主に…生きて…」
 加州清光は息をつまらせ、震えながら、握っていた打刀を取り落とした。
 その声や音を、主は聞いていたはずだが、認識していたかは分からなかった。浅く苦しげな息の元、まだ主を写す青色の瞳。そこから目を逸らせずに、ただ、触れることもできないままでいた。
「           」
 そして山姥切国広の瞳から光が消えた。すっと流れた一筋の涙も、刀傷も、血も、その金の髪も、手も足も顔も全てを、桜の花弁が覆ってそして、消えた跡に、打刀・山姥切国広が折れて残っていた。
 主は微動だにしなかった。
 唐突に、紺碧の瞳からぼろぼろと、次から次へと大粒の涙が溢れた。
「国広」
 掠れて揺れて、それでも呼んで、主は山姥切国広に手を伸ばす。
「国広」
 折れた刃を両手で抱えて、少々手指も腕も傷つくのにも構わずに、山姥切国広すべてを抱えた。そこにぼろぼろと涙が落ちる。
「うぅ…ぁあ…」
 悲痛な嘆きを吐息と共に響かせて、主は山姥切国広を胸に掻き抱いた。鋭い刃はその衣だけでなく、皮膚を裂き、肉を斬り、血が滴った。
「主!」
 悲鳴に近かった。加州清光は大慌てで駆け寄り、その腕を無理やり解かせる。普段の主からは想像出来ないほど強い力だったが、それでも鍛えられた加州清光には敵わない。
「やめて、主! お願いだから! 主!」
 折れた刀を取り落とさせて、加州清光は主をぎゅっと抱きしめた。主は悲しい嗚咽をあげながら加州清光にしがみつく。
「主…ごめんね…ごめんね…俺…主に生きててほしかったんだよ…ごめん…ごめんね、主…」
 胸部の傷から流れた血が、主自身の衣と、加州清光の衣を汚した。
「加州…」
 やがて主が、しがみついたままで呼んだ。嗚咽は、もう、ない。
「貴方に拾われた命。貴方に引っ張り上げられたこの道。私は行かねばなるまい。まだ生きよと、世界が言うのならば、私はそうしよう」
 体を離して、顔を上げた主。憔悴しているが、瞳は真っ直ぐだった。
「加州。話を聞いていたか? これから私がどうするのか、私がどんな悪党か、知っているか?」
「…うん」
「私についてきてくれるか?」
「うん。…主。俺は、主の刀だよ。これからも、ずっと」
「…二度と戻れぬ道。それでもか」
「いいよ。主と一緒なら」
 力強く誓った加州清光。
 主はゆっくりと目を閉じた。数秒そうして、やがて、ふっと目を開けた。もうその瞳が揺れることはない。
 すっ、と立ち上がった主は、いつも通り凛としていて、そして読み取りにくい真顔だった。こうやっていつも刀剣男士たちを率いてきた。傷の痛みなど、おくびにも出さない。
「これからこの本丸を出る。その前にしておくことがある」
 いつもの主だ。加州清光も立ち上がり、頷いた。
「皆にすべてを話す。
 そして、何振かを残して…あるいは全員を、ある者に引き渡す。
 その者は、痕跡を消すことを生業とする術者、時忘れ屋と呼ばれている。…とはいえ時を操るような術を使うわけではない。
 私と貴方がここにいた痕跡を、この本丸に何者かが暮らしていた痕跡を、消すことを、時忘れ屋に依頼する。
 私たちは何者でもないものとなり、他の本丸も、政府も、歴史修正主義者も敵に回すこととなるだろう」
 そして、と。
「私たちは、新たに、何者かとして、世界に顕れる」



 胸の刀傷に包帯をきつめに巻いた。
 男物にしては少々華やかで、女物にしてはそれらしくない。
 藤紫色、所々で濃淡のついた小袖。帯は細い。群青色に、雪の森を連想する冬の柄の長羽織。
 白い髪に紺碧の瞳。薄く雲のかかった、しかし陽光差す空を予感させる冬の色。
 折れた山姥切国広を、布にくるんで、箱に入れて、持ってゆく。折れた刀剣は、やがて消えゆくが、すぐにというわけではない――秋田藤四郎の時に、そうであることを知った。
 主は皆を中庭に集め、その前に立った。
 話をしたが、誰も山姥切国広のように主を斬ろうとはしなかった。出来なかった、とも言う。
 同調できない、戸惑う、そんな気配を察して、主は、ほとんどの刀剣の顕現を解いた。
 残ったのは、三日月宗近、岩融、にっかり青江、へし切長谷部、同田貫正国、鶴丸国永、太郎太刀。性格や、話を聞いた時の反応を見て残された刀剣。

 岩融は淡々と言った。
「刀狩りか…。俺だからこそ、言おう。主よ、行くと決めたのだから、もう行ってしまうのだろう。ならばその道の果てで狩られる覚悟をして進まれるがいい」
「その言葉を胸に、行くとしよう」
「…ではな。さらばだ、主」
「世話になった。岩融」
 桜に包まれ、花弁が消えたそのあとには、薙刀・岩融が残る。

 にっかり青江は微笑んでいた。
「楽しかったよ。僕はね、意外と好きだったみたいなんだ。この本丸がね。…今までありがとう、さようなら」
 顔を上げた彼は、微かに、苦しそうに眉根を寄せていた。顕現し続けることを拒否したのは、主ではなくにっかり青江からだった。

「貴方はどうする、長谷部」
 へし切長谷部は黙っていた。やがて、悲壮感の滲む眼差しで主を見た。
「ついて来いと…おっしゃらないのですね…」
「こればかりは、主命だと言って縛るわけにはいかない。選んでもらわねばならない」
「俺には…選択肢がありません」
 へし切長谷部は、ぎゅっと拳を握り締め、唇を噛み締めた。
「どうする?」
 主が促すと、へし切長谷部は言い放つ。
「貴方の正義を知っているから…貴方について行くと言えないのです!」
 主は、恐らく無意識に、山姥切国広を入れた箱を持つ手に力を込めた。
 ふう、っと、息をついて、肩の力を抜いた。
「驚いたな、貴方もか、長谷部」
 主は微笑んだ。
「私は恵まれているな。長谷部。ありがとう。お前のことをきちんと理解してやれていなかったようで、すまなかった。世話になった。貴方のことを、忘れないよ」
 花弁に包まれてしまう寸前に、へし切長谷部はぱっと顔を上げて、その瞳に主の姿を焼き付けたようだった。

 同田貫正国は、いつも通り飄々としている。
「俺たちは刀だ。戦で折れるのはいいが、あんたの勝手な趣味で折られるのは御免だな」
「そうか」
「俺は、なんだ、時なんとか屋に引き渡されて、どっか別の本丸に行くかなんか、そっちのほうがいいわ。わりいな、主」
「構わない。それが貴方の生き方ならば」
「おう。…達者でな。いつかまた会ったら、そんときゃあんた、敵だろうなぁ。俺が斬ってやるよ」
 ふっと、主は微笑んだ。

 真顔になると、鶴丸国永は刀の姿を連想せざるを得ない鋭さを纏う。
「やはりわざと折っていたんだな」
「秋田は違う」
「そんなことは分かってる。山姥切も、長谷部も、皆あんたのことを信じてやってきた」
「うん」
「あんたの正義とかけ離れてるじゃないか、この状況も、あんたの進もうとしている道も」
「そうかもな」
「全て分かっていて、進むというのか」
「そうだ。鶴丸殿、貴方も分かっていて、改めて訊いているだろ?」
 鶴丸国永は、金の瞳をすっと細めた。
「まったく、相変わらずブレねえな、俺たちの主は。そんなに抗い難いものなのか、あんたの趣味、その性癖は」
 ちらりと、思わず、主の唇に笑みが浮かぶ。
「気がついてしまったからな。これは私の生きる糧なのだよ、鶴丸殿」
「…仕方ないな。あんたはもう戻れない。ここまでやってしまったし、山姥切も斬ってしまった…あいつも、長谷部も、あんたを止めたかっただろうよ。だがその性癖は直らない。なら、俺がやることはひとつだ」
 金色の瞳が主を見据え、下駄が地を蹴る。主を斬る、その意思は明らかだ。太刀が抜かれ、閃く。加州清光が主の前に出る。
 だが、加州清光が抜刀することはなかった。後ろから投げられた鯰尾藤四郎が、鶴丸国永の腹を貫いたのだ。
 顔をしかめ、失速し、あと数歩のところで膝をつく。
「っ…マジかよ…あぁ…鯰尾、すまん…少し、このまま…」
 歯を食いしばり立ち上がろうとする鶴丸国永の、本体である太刀めがけて、太郎太刀が、大太刀を振り下ろした。
太刀・鶴丸国永が鋭い音と共に折られる。
 金の瞳にそれを映し、こんな驚きはいらない、とばかりに嘲るように笑って、鶴丸国永は倒れながら花弁に包まれていった。

 太郎太刀は、一切表情を変えなかった。
「地上がどうなろうと、思うところはあまり無いのです。言ったでしょう。…ただ…」
 鶴丸国永と、鯰尾藤四郎の傍らで、太郎太刀は主を見た。
「主。私は貴方の刀です。ついて行く理由はそれで十分。お供致します」
 膝をついて姿勢を低く、太郎太刀は忠誠を示した。
「そうか」
 主も表情を変えなかった。
「これからもよろしく頼む、太郎太刀」
「は」


(つづきます。大体の文字数で区切っているため中途半端ですみません。)
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